こんばんは。格闘技好きのシュンスケ(@shunsuke333)です。
トレンドネタです。亀田ディスりです。
亀田興毅といえば、現役時代から全く面白くない試合をして実質的に日本のボクシング人気を地の底にまで落とした存在です。しかしながら彼のブランディングは成功しており知名度は抜群です。
そのため5月7日に行われた「亀田興毅を倒したら1000万円」というタイトルのAbemaTVの生放送は非常に注目が集まりました。その視聴者数は累計1,000万以上とこれまでにない圧倒的な数字になり、AmebaTVのサーバーはサーバーダウンし、同時中継をしていたYouTube Liveまでも停止させてしまいました。
亀田の人気は本物です。
そんな亀田がこの日行った不正をいくつかまとめました。そして彼の言うボクシングの素晴らしさとはなんなのかを考えてみます。
ヘッドギア
サイズも厚みも、守る部位まで全て違うヘッドギア。
青の挑戦者は薄く、アゴが丸出しであり、赤の亀田は厚みがあり、アゴもフルガードです。
アゴは弱点であり、非常に危険です。本来なら素人である挑戦者が守られるべきものなのに、今回はボクシング玄人である亀田が守られています。
グローブ
そしてグローブです。
赤の亀田は、青の挑戦者と比べると2回りほど小さいグローブを装着しています。
グローブが小さいほど、相手に与えるダメージは大きくなり、危険性も高まります。
恐ろしいことにボクシング玄人である亀田が、ダメージが大きいグローブで素人を殴るという構図になっています。
上のヘッドギアと合わせると、実質的に亀田のKO負けはほぼゼロといえる状態になります。同時にボクシング未経験の素人へのダメージは非常に深刻なものになる可能性が大きくなります。
ゴング後に殴る
面と向かって殴り合いをするのがボクシングですが、そこにはルールがあります。当然、殴ってはいけないタイミングがあります。それはラウンドの終了のゴングが鳴った後です。
亀田はこのタイミングで全力で殴ります。
ゴングと同時に気が抜けたタイミングで殴る。非常に危険な行為です。これを亀田は相手は素人なのにもかかわらずやります。
ボクシングの素晴らしさとは?
こんな恐ろしい不正を働きながらも、亀田は「ボクシングの素晴らしさをわかってもらいたい」「リングに入ったら誰も助けてくれない」というような利いた風な口を叩きます。
しかし私たちが思う「ボクシングの素晴らしさ」とは、スポーツマンシップに則ったフェアプレイです。「リングに入ったら誰も助けてくれない」というのも、裸同士の不正のない戦いを連想します。
どうやら亀田と、私たちには大きな溝があるようです。
そこで亀田の言うボクシングの素晴らしさとはなんなのか?を別な視点から考えてみました。
亀田のボクシングで、みんな幸せ
現役の頃から不正を働いてチャンピオンにまで上り詰めた亀田が、今回このような企画でまた同じようにことをしたわけですが、よく考えてみると、実のところ”誰も損をしていない”のです。
亀田も面目を守れて、試合後の各挑戦者もやりきった後の良い顔してましたし、周囲から彼らへの評価も確実に上がるでしょう。ホストは怪しいですが。
仮にフェアプレイの精神で、同じグローブとヘッドギアを装着していたらどうでしょうか?おそらく亀田は負けるでしょう。負けないにしても、大失態を見せていたはずです。
いずれにせよ不安定で確実性のない人間同士の戦いになってしまうので、勝負や試合の流れを時の運に任せることになります。
この場合、これまで大切に築き上げたブランド、チャンピオン亀田興毅の評価は地に落ちます。もう二度と、これほどまでに注目されることは無くなるでしょう。
つまり、今回の不正があってこそみんな幸せになったという見方もできるわけです。
これは現役時代、ロートルなタイ人とばかり試合をしてチャンピオンになった時も同じです。亀田は勝って人気を保ち、試合相手もお金を通常の何倍ももらう。誰も損してません。(ボクシング界以外は。)

現実と、そうありたかった強さはグローブのサイズが象徴している
思えば、亀田が行う不正の数々は「彼が本来そうありたかった強さ」と「現実」を埋めるために必要なことなのでしょう。
仮に、亀田が全盛期のマイクタイソンのような圧倒的に強い本当のチャンピオンなら不正は必要無かったはずです。
しかし子供の頃からテレビ局に取材を受け続け、チャンピオンになることが求められた存在だった亀田は、不正を含めても勝つという結果を手に入れる以外に道がなかったのかもしれません。
まとめ
ということで、亀田の不正についてと、ボクシングは素晴らしいと言う言葉についてでした。
私たち見てる側の人間は、口ではスポーツマンシップやフェアプレイと綺麗事を言います。そしてそれに反するものを嫌います。
しかしそれを突き詰めると、結局のところ、裸の選手たちをリングで死ぬまで戦わせるような、古代ローマ時代の拳闘のような原始的で残酷なものを見たいを思っているだけかもしれません。
安全な場所から、勝者を見たいのと同時に、無残に散る敗者も見たいわけです。
しかし亀田のボクシングには、敗者がいません。
不正により亀田の勝ちは約束されて居るし、その不正に挑む挑戦者は評価が上がる。
もしかしたら亀田が望むボクシング、彼のいうボクシングの素晴らしさとは、ボクシングに参加した人が全員勝者になる、ということなのかもしれません。
[speech_bubble type=”fb” subtype=”L2″ icon=”1.jpg” name=””]強引にまとめたぞ![/speech_bubble]